ビーズと私の好きな  モノ・コト
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『牛と土 福島、3.11その後。』を読んで‥

「〜人の姿は地を掃(はら)うように絶え、辺りを支配しているのは静寂である。」

あの日‥‥2011年3月11日から五度目の春が訪れようとしている。
眞並恭介氏の著書『牛と土 福島、3.11その後。』(集英社)を読んだ。
冒頭の一文はその序章から引いたものだ。
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3.11以来、原発事故に関して書かれたもの‥書籍、新聞・雑誌・ネット媒体の
記事。さらには社会を殺伐とさせている特定秘密保護法や集団的自衛権などに
関するルポルタージュや評論も‥はたくさん読んできた。
この『牛と土』もまた原発事故後の福島における畜産・酪農の農家と、研究者
たちに焦点をあてて書かれたノンフィクションなのだが、読みはじめてすぐに
これまで読んだ多くの本とはどこか違う‥と思った。言葉が、豊かなのだ。

冒頭の一文もそうだし、あるいは序章、第一章でも
「〜数日のうちに広大な沃野(よくや)は変わってしまった。」
「〜春が蘭(た)けるころには」などの表現に(おお!)と私の心は動いた。
取材した内容を平易に噛み砕いて伝えることに重きを置くルポルタージュなら
「〜春が終わるころには」と書くのだろうが、眞並氏の筆致からはごく自然に
景色が心に浮かんでくる。

少し長くなるが第三章にはこういう描写があった。
「彼らが測定している間、私は周囲の野山を歩いてみた。カラスや野鳥も食べ
きれないほど鈴生(すずな)りの柿の木の下には、イノシシらしき足跡があった。
落ちた柿の実はイノシシの好物だ。/田畑に作物はなく、土の黒さばかりが
目立つ。私が見慣れている西日本に多い褐色で赤みがかった酸化鉄の多い
土と違って、黒々としている。水もちと水はけのよい、肥沃度の高い土だ。
‥(中略)‥一二月の野山は日が暮れるのが早い。測定を始めたとき、夕陽を
浴びて赤々と透き通った光を放っていた柿の実が、測定が終わったときには
暗い闇にまぎれていた。」

この一文を書き写そうとして、しばらくページをあちこち探してしまったの
だが、なぜならこの描写が(こんなに長い一文だったのね‥)私の中では
一枚の絵として凝縮されていたから。
福島の冬の草木の朽葉色と土の黒が支配する光景と、熟した柿の赤、赤、赤。
綴られた言葉から、そのときその場に居るように、風景や音や香りまでをも
感じることができるのだ。

さてしかし、この本は美文調で涙を誘うものなのかというと、まったく違う。
情報が、ぎっしり詰まっている。原発事故が発生してからの政府の動き。いや
それ以前からの原子力行政の流れ。飯館村、浪江・双葉・大熊・富岡などの
旧警戒区域のそれぞれの町を綿密に取材して得られた、事故直後からの住民の
苦闘の記録。畜産農家がかつで生業として牛を飼っていたときの日常の風景や
獣医師の仕事の細部などなど、過去から現在までのさまざまな出来事・情報が
流れるように、しかしどのシーンも印象的に織り上げられている。

津波で街ごと消えてしまったのなら、まだ諦めがつくのかもしれない。しかし
福島の多くのエリアは、家が畑が牛舎がそのまま「ある」のに「帰還困難」や
「居住制限」という線引きで、立ち入ることすら禁止されているというのが
現状である。我が身に引き寄せて考えてみればそれがどれだけ辛いことか、
想像するにかたくない。
そんな環境から連れ出すことはできないが、生きている牛がいる。
低い値かもしれないが、被ばくを続けている牛がいる。

私がささやかながら応援をしている『原発事故被災動物と環境研究会』は
そうした牛の調査・研究を続けている。たとえば放射性物質が生体に及ぼす
影響評価のデータを積み上げて行けば、いずれは人の内部被ばくの対策に
役立つかもしれない。たとえば無人の管理システムによる放牧ができるように
なれば、農地や林地の荒廃を防ぎ、ひいては除染の可能性を探ることもできる。
そうした研究内容の詳細を読むにつけ、実は毎日遠い仮設住宅から通い、牛の
世話を続ける農家さんたちがいるからこそ、研究が続けられているのだという
ことをあらためて認識した。
数年前までは家畜であった牛にも、ひそかに野性の血が眠っているのだそうだ。
人に馴らしておかないと、いくら技術のある研究者でも、定期的な血液検査や
測定器のバッテリー交換などさえむずかしくなるという。
肉や乳の「みなもと」ではなくなったが、研究者との協同で調査・研究や
除染のための役牛として、飼っている牛たちの命をつなぎ続けることが、農家の
方々の矜持であり続けることを願いたい。

研究活動に関しては、大阪大学核物理研究センターが中心になって行なわれた
土壌の調査についても詳しく記されている。寡聞にして知らなかったのだが、
原発事故後すぐに、放射性物質の土壌と空間における線量測定で被災者を支援
しようという動きが研究者の間で始まったという。全国の大学・研究機関が
連携して、福島第一原発の100㌔圏内 2,200箇所の土壌を、400名を越える
研究者・学生が採取し測定したそうだ。公表された分析結果は(長くなるので)
本で読んでほしいのだが、汚染分布の実態の解明は後の汚染土壌の除去などに
役立ったという。

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眞並氏は、著書の最後の方でこう記している。「牛は大地そのものだ。」

そして偶然なのだが、昨日 3/10 の東京新聞に『作家 高村薫さんに聞く「原発と
日本」』という記事があり、彼女は最後にこう語っている。
「〜土をテーマにした作品を書いているが、それは自分の体が立っていると
実感できるから。チェルノブイリの汚染地で最も早く回復したのは草木だった。
だから、命を考えると、やっぱり土が大事だと思ってしまう」

アスファルトで覆われた都会に居ると、ともすれば忘れがちになる土の恵み。
覚束ないままに昨秋植えた球根が、庭の一画で黄色い水仙の花を開いた。
‥土の恵み。
人の一生の何倍もの時間、帰れない土地を作ることが二度とあってはならない。
豊かな土が汚されて、表土を剥ぐしかない事態を生み出す原子炉に、二度と
火を入れてはならない。‥‥2015年3月11日にそう考えた。
by beads-mici | 2015-03-11 19:56 | 3.11~ 震災そして原発のこと | Trackback | Comments(0)
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